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Liner Note
(晴れときどき作文) ステキな皆さん
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白髪って、頭全体が白髪だとかっこいいけど、中途半端に生えてるとやっぱり変ですもんね。ご多分にもれず僕もだんだん白髪が目立つようになって来ました。髪が無いから、白髪増えてもあんまり目立たなかったんだけど。だんだんみすぼらしくなるんだよね。(笑)前から家族に染めたら〜と言われていたんだけど。なかなか決心がつかずいたんだけど、今日彼のお店で初めて染めて見ました〜エヘヘ。さすがに金髪にするわけもいかず、ちょぴっとブラウン気味のカラーになりました。
アタマが軽くなったらスーツも軽くしようと、ちょつと派手目のスーツも用意して。50 男の若作り終了。デビューは17日に行われる倫理法人会の新年会?かな
なにもないのに座れるイスがあるらしけど。さてこれどうやってるのかな?常識で考えると服の中に何か芯材がありそうだけど。無いように見えるし?不思議だよね。デザインの行き着く先ってこんなとこじゃないのかな
皆さんは顔剃りエステというものを体験したことがありますか?たとえば理容店に行けば、普通に顔剃りはあるけど、それにエステを組み合わすとまったく別モンになるのです。実は、そんなアタリマエのことを僕は知らなかったのですが、昨年末当社で改装プロデュースをさせていただいて本日よりオープンしたお店が、その顔剃りエステのお店【マコト】さんでお勉強させてもらいました。
![]() ![]() まずは、顔剃り(これはさすがに理容師さん手馴れたもんです) ![]() 次は超音波とスチームで毛穴を広げていきます。 ![]() ここからが技の見せ所。脂肪吸引?皮脂の油を毛穴から強引にバキュームしていきます。中年男の鼻には油が溜まってるらしいので(笑)特に念入りに ![]() その後顔を引き上げるマッサージをしていくんです。これが気持ちいいたりゃありゃしない。 ![]() 出来上がり!心なしかイイオトコになったかな? と簡単に説明したけど、この間にも撮影出来なかった裏技がイッパイ!足や、手もバンバン揉んでくれて至福の時間が過ぎていく{あああ気持ちええエエ〜)ヒトに顔を触られるのってこんなに気持ちがいいとは…幾分恍惚の表情になっております。自分で作っといて何ですけどとても落ち着ける空間。本来、男性と違い女性はお化粧をして毛穴を塞いでいるので一ヶ月に一回ぐらいは、こうやって毛穴からいろんなもんを出してしまうのって、お化粧のりや、お肌の調子にとても関係してくるんですって。(女の人って大変なんですね) 僕の勝手な感想ですが、このサービスに対してとてもリーズナブルな価格で超オトクでは無いかな?と思うのです。もう一つこのお店の特徴かもしれませんが、オーナー手作りの超バカうまスイーツが終わった後に出てくるんですけど。これが美味しいったりゃありゃしない。もうほとんどプロ級なのでコーヒー飲みながら、この仕事を天職だと思うOさんの楽しいお喋りも忙しい毎日を一瞬でも忘れる良いスパイスになるのではないでしょうか。(マジで美味しいから) このマコトさん,オーナーのOさん一人でやっているため今のところ予約制となっていますが、近所のマダムたちが早くも噂を聞きつけてバンバン予約を入れていく事が考えられるから、事前にホームページでスケジュールを確認して連絡取られると良いですよ。 お近くの方は一度体験してみるといいですよ。(とりあえず女性専用だそうですが) 顔剃りエステマコトさんのホームページ お店の場所は内灘駅の近く(ソレイユという有名なパン屋さんのお隣です) ![]() 実は、しばらくブログを含むSNS関係にあまり顔を出さなかったので、何人かの方々に心配をおかけしました。すんません。理由は色々あったのですが、新年を迎えて、不思議なもんです。さーっと流れて行きました。あんなにキーボードを打つのをめんどうに思っていたのにね。自分だけの問題かもしれないのですが、こうやってPCの前で想いを文章化することと、本当の想いのズレを感じた時、ちょっと補正しなきゃと思ったんです。心と、行動のズレがありながらも必死に毎日メッセージを打つのって、変ですもんね。男にはたまにそんな時があるんです。(な〜ンにもしたくなくなる時が)それを自分で許してあげないと。どっかで潰れちゃう。潰れちゃダメなわけですよ。僕にとってこの2週間あまりなにも発信しないということは、なにもなかったわけではなく、目の前に起きる事柄と自分の想いとのズレを調整する期間だったんです。コツが少し分かりました。まじめに突き詰めないで、ぼんやりぼ〜っとしている。外部からの情報の門は開けておく。その流れをじっと見ている。そして一番大切なものを探しそこに向かってじっとフォーカスをあわせておく。そしたら少しづつ安定していきました。だからこうやってPCの前で文章が打てるようになりました。簡単にいえばリハビリですね。昨年末あまりにも多くの情報が僕のところにレンズのように集まったもんですから。少しやけどしちゃったんです。幸い気づいたので軽い水ぶくれ程度ですみましたけど(笑) 昨日クルマを運転しながら、ふっと思ったんです。目の前には、真っ暗な道。僕自身は、その先にも道は続くと思っているから、スピードを出すことになんのためらいも無い。でもその先の道が急になくなっていたらどうします?昨年はそんな事感じた方が、多かったと思うのです。私達が信じているこの世界が、永遠に固定されて続くわけはなく、ある日突然なくなるということが、変化の兆しはすぐそこにあっても、気づかないヒトもいれば、気づいてどうしていいか不安にな人もいる。どっちがいいとか、優れてるとかではなく、どっちの世界を選択するかなんでしょね。 ![]() ![]() 勿体無くて食べれませんけど、しっかり頂きました。ありがとう寺岡さん 何かをしてもらえたら、ありがとうと言うよね。でもいずれ、絶対にお世話になる方々が目の前においでたら、少し早いかもしれないけど「ありがとう」って言おうと思った。『いずれお世話になるあなたにありがとうの先払い』なんかへんてこなキャットフレーズだけど。介護・医療・福祉に携わる方々を民間レベルでサポートしあおうという会『エンジェルスマイル』のミーティングというか宴会というのがあって、その時に諸先輩方をさしおいて乾杯の挨拶をさせてもらったんだけど。そこでこの会は。「ありがとうの先払いそする会です」って言う言葉がぽろっと出ちゃったんだ。もちろん正確には、会の趣旨を表していないのかもしれないけど。自分で言っときながらあとでその言葉の意味を考えてしまったんだ。 会の様子はこちらです。楽しかったし美味しかったな 話戻るけど「ありがとうを先払いしていくって」この会に限らずいろんな所で、やってみると楽しいかもしれないよね。経済の世界では、先物買いってあってあんまりイメージ良くないかもしれないけど、先にありがとうの気持ちを伝えるって習慣が広まったらいいなぁ。 特に介護・医療・福祉に関わる方々が身近にいるし自分も両親が色んな事でお世話になってるし、これからもっともっとお世話になるに違いないから、せめて気持ちだけでも先払い。 ありがとうが先にあってから、色んなサービスがある世界。なにか違うんじゃないかな。 もうちょっと考えてみよう。 知らなかった、今年の初めからこの歌があったなんて…素晴らしすぎ「ふくい舞」さんのいくたびの櫻という曲。なにやら有線大賞(そんなのまだあったんや)だそうで。 調べてみると 日本人の心の奥に普遍的にある最も美しい心情と生と死を超えた「再生」を謳った「いくたびの櫻」は、同じ桜を見上げた友人の他界と言う本人の経験、そして彼女独特の切ない歌声と重なって、彼女にしか歌えない、聴く者の心に深く突き刺さる1曲に仕上がった。 NHK 正月時代劇「隠密秘帖」・土曜時代劇「隠密八百八町」主題歌 サウンド・プロデュース&作曲は、青山テルマ「そばにいるね」など数多くのヒット曲を手がけた佐藤博氏、「翼をください」他多くの名曲の作詞家として知られる山上路夫氏の強力タッグ。 なんだって。 声だけ聴いて恥ずかしながら、一瞬松田聖子さんかと思ってしまった。今日このpvを見て、日本人、命、季節、そして櫻が巡ってくる時の流れを我々は共有できてる。それは10代だろうが80代だろうが同じ事だ。それが民族の共有体験というものなのかな。寄り添う命にも出会いや別れがある事を僕達は、櫻に重ねるけど。彼女の少しかすれた声から聞こえるとても情緒的な詩は、多分世代を超えて支持されるのだろう。誰にでも思い当たる風景、生ぬるい風、子供たちの笑い声。そんなことが毎年繰り返されると信じていた。ずっとずっと永遠に。 でも震災を受けた場所では、分断された命の叫びが、河を流れる。こっちの世界と向こうの世界。もしどちらも存在しているのならせめて連絡でも取り合えればいいのに そんな想いをこの歌はそっと受け止めてくれる。これこそプロの技だよね ![]() この写真は初夏5月に僕が何気〜に撮ったもんだけど、光と色に溢れているよね。生きとし生けるもの輝きを放っています。そんな風景としばらくおさらばです。でもねこれがいいんです。冬の間もちろん色がなくなるわけではないから。ちゃんと裏側に隠れてます。僕らは夢を見ますが、そのほとんどは色のない、もしくは何かアクセントカラーだけが認識される世界だそうですが。そんな世界だってヒトが作ったもんだから、世界が色で出来てるなんて決めつけないほうがいいと思うのですよ。 色というのも変だよね。なぜ僕達は色を認識することになんたんだろうか。光は7色に分解されるというけどほんとに7色だけなのかな。僕達が可視光線の認識する領域をもっと広げることができたらこの景色はどんなふうに見えるのかな? 太陽と樹木の若葉が織り成す、素晴らしい共演は、他の宇宙にもあるんだろうか?この色じゃ無い世界をどこかで見ることってもちろん今の身体では不可能かもしれないけど、どこか別の世界で生まれたときに観る色と、この色とを比べてみたい。どっちもキレイなのかな〜
今朝お誘いがあって自主上映映画SWITCHを見てきました。遺伝子工学の世界的権威村上和雄博士のドキュメンタリー映画です。はっきり言いましょう。この映画で言いたかったことがすべて僕自身が探し求めていたものでした。ヒトはなぜ生まれ、なぜ死んでいくのか?それを科学者である村上先生がズバリといって下さいました。
村上さんによると、この身体と生命は、天からの借り物だそうです。借り物だから返さなきゃいけない。借りて来てこの世界を生き、そして返すために死ぬ。それは肉体的な状態であって、つまり命の種である、魂は、永遠に無くならないし、ずっと繋がり続けるんですね。ここでの天とは地球であり宇宙にある物質そのもの、そしてその仕組みを作った大いなる存在『サムシンググレート』だそうです。 僕は、人は死ぬという、物理的状態を経過しても魂が、無くならないという事例にずっと注目していて、それは生まれ変わりや、前世の記憶という数々の事柄に繋がるのですが、その話は、おいといて、遺伝子というものにスポットを当てましょう。 遺伝子は、情報なのでそのままでは何も起こりません、そこに在るだけです。ビックリしたのは、全人類70億のDNAを全部集めても米一粒の中に入ってしまうほどの小ささなのだそうです。その超極小の存在が私たちの人生を左右するなんてホント不思議です。村上先生は、遺伝子をコントロールする事が出来ると言うのですね。それがこのスイッチという映画でした。 モチロン僕たちには、みんな例外なく親がいてその遺伝子情報を引き継いでいるのは間違いないのですけど、それだけでは、生きる可能性の半分にもならないのだそうです。すなわち遺伝子にはスイッチがあって生まれた時はOFF状態になっている。それを教育で少しづつオンにしていくのですが、私達は、まだまだOFFのスイッチが97パーセントもあるそうです。そう殆んどが眠っている。逆に言えば何らかのきっかけを得て遺伝子のスイッチを入れることができたら新しい人生を歩めるかもしれないのです。遺伝子のスイッチは、年齢や社会的な地位も関係なく今すぐこの瞬間に出来るということなんですって。 その方法は実に簡単、良い環境に自分の身を置き、熱意を持つ事、色んなことを楽観しながら進めること、そして誰かに何を言われても覚悟をすること。そして一番大切なのは、何と息抜きそうユーモアや好い加減さなんだそうです。遺伝子のスイッチが、入りやすい状態は、覚悟をしながらもニコニコ笑って いる人がいいみたいですね。さてそれを自分自身に置き換えてみましよう。僕は覚悟は、しました。幸い?好い加減な人間ですから、良い環境に今いると思うので、何らかのスイッチが入ってるんじゃないかな。それって僕にどんな状態を これからおこすのかな?楽しみです。 大好きなミーシヤの曲、果てなく続くストーリー。遺伝子の旅も果てしなく続くでしょう、これまでもこれからも。 ![]() 彼が市長になるずっとずっと前(多分18年ほど前かな市議会議員選挙が行われた時かな)二人だけでホコリっぽい寒いーい事務所で、何かを議論した覚えがある。内容は全く忘れてしまい。何言ったのか全然覚えていないけど。2時間近く話し合ったような記憶がある。その時、頭いいヒトっているんだな〜と思ったんだ。当時も(今もだけど)問題をわかりやすく翻訳して伝えようと努力していた気がする。多分当時の僕の無茶苦茶な質問にも丁寧に答えてくれたのだろうね。 時は流れてその彼が市長選に出るんだ!と宣言したときは、嬉しかったよね。そしてそう思う人がたくさんいたから、彼は今、市長室の席に座っているんだ。これからだろう、ほんとこれからが試される。本人はもちろん彼を支えた僕達も。次のページにどんな事が試されるのか?それが楽しみでもある。きっと多くの人が彼が市長でよかったと思う日がくると思うよ。
ここ最近戦闘モードです。毎日自宅に帰るとほっと一息、そしてバタンキュー。でもすぐに起きて行動できるようなかっこして寝て、起きたら即活動。体験したこと無いけど、戦時中戦士達は、常にこのような緊張状態で過ごしていたのだろうか?少し実感できます。これがいつまで続くのだろうか、あああの事が終われば少しは楽になるのかな〜と思いつつも、その頃になるとまた色んな問題があるのだろうけど。つくづく50歳でよかったと思う。頑丈な身体に産んでくれた親に感謝。なにげにサポートしてくれる家族とスタッフに感謝ですよ。もちろん多くの戦友たちもね。
戦いといっても、外に向けてのことではなく内面(インナーワールド)の話。誰も傷つけてはいけないのがルール。 自分自身とその大切な組織を守るために戦っています。 その武器は、「笑顔と言葉と文章」。ほかはいらない。しかめっ面と、叱責と、批判では勝てないんだ。相手は、なんていたって『心』だからね。思うにこれRPG(ロールプレーイング)ゲームだと思うとなかなか面白い。色んなキャラが味方だったり、敵だったり。また状況により敵が味方にもなり、味方が敵にもなる。その広大なフィールドを、手探りで歩きながら一つ一つ『心』の手紙を読んでいくんだ。手駒はみんな一緒。麻雀の配牌とおんなじ。その手の内の中で、作戦を考え、最も有効的で、かつ気付かれない手を打つ。 う〜んスリル満点かもしれない。ちょっと元気が出てきた。不謹慎だけど、こんなゲームそうそう誰でもできるもんじゃない。俺は何でここが好きなんだろうと自問じてたんだけど、少しわかった気がする。究極のゲームなんだね。でもレベルとすればまだまだ下の方なのかもしれない。次のステージに進めるのか、ボーナスステージはあるのか?それとも途中で力尽きて退場なのか、先は見えないけど(そのほうがワクワクするけど)とにかくそのフィールドのど真ん中オペレーションルームに居ることだけは確かなんだ。部下たちの検討を祈る。 ナンノコッチャ? あっという間に12月も一週間経過してしまった。しばらくブログに手をつけることが出来なかった。理由は簡単なことで『優先順位を下げた』からともう一つ文章が降りてくるタイミングを外していたから・ 古くからの読者(そんな奇特な方いるのかな)には申し訳ないと思っています。ゴメンチャイ。 では何が優先順位の上にきてるかといえば、ひとつはfacebookやメールなどのコメント等の一対一の発信なのかもしれない。 僕は文章を書くこと自体は嫌いではない。(得意じゃないけど) 文章を書くって、考えると不思議な行為。人間に許されたイマジネーションと密接に関連している。絵画のようだ。人それぞれ、同じ物を、同じ体験をしても捕らえ方も、書き出しも違うことが、人間という存在の素晴らしさでもある。 人により色んな書き方ってあると思うけどたとえば、きっちり構成を組み立ててから書くとか…書きながら考える逆の方法もあるだろう。自分自身は、書きながら考える方が圧倒的に多いと思っていたんだ。それも朝インスピレーションが降りてきて、文章のアウトラインがバン!と提示されることが多かったんだ。 でもここ最近それが無かった。言い換えます。降りてきたけど拾えなかったといえばいいのかな。 今ね、個としての存在よりも、全体の意見の代弁者のような立場にあるから、ようやくそれを実感してきたのかもしれない。 突き詰めて考えれば、個人の自我も、集団の思想も、自分というフィルターを通した情報でしかないので一緒なのかもしれないけどね。 ややこしい話ですんません。こっから本題。今来たるべき『時』に備えてある準備をしている。 何も大げさなことではなく、わたしたちの住む世界の価値観がある日、突然変わった時にどうするのか?ということ。たとえば、昭和20年に終戦を迎えた時なんかもそうでしょう、もちろん近年で言えば、阪神淡路や東日本などの震災もそうだろうし、もちろん放射能の問題もそうだ。ヨーロッパ経済の崩壊をどこまで隠すのかもそうだろう。誤解を恐れず言うけど、そのような変化は、人類生誕から何回も何回もあったしこれからも続くだろう。我々は安定を望むが、安定こそが退化の始まりだから進化をしていくためには、環境の 変化を受け入れていかなければならない。それが我々が存在している理由だから。 では、次の来たるべき時とは、何が変わるのだろうか?ぼんやりと今この国を、この世界を、そして自分の廻りの状況を眺めてみると。自分で自分に嘘をつきながら、ついにその嘘のようになった世界を見ているといえばいいのかな。僕や皆さんが正しいと思っていた世界が消えちゃうかもしれないって事かな。それがどんな状態かは、正確に言い当てるヒトはこの世界にはいないだろう。僕が言っている変化というのは、巷で言われてる滅亡論とは全く違うからね、安心してほしい。もちろん滅亡しないし、人類は残るし。ただその形態や様式は変わるかもしれないけど。 僕達が今できることは、1.繋がっとくこと 2.繋がりの手段を複数用意しておくこと。3.その大切さを多くの人(特に子供たち)に伝えること。なのかなと思うんだ。 だから僕は、伝えるためのスキルをみんなに持ってもらいたくて『プレゼン大学』をするし、繋がるための一つの手段としてフェイスブックも推進するし。繋ががりを維持するためのステージとしても各種の会を活性化させることもするだろう。そして一番大切なことは、各々の価値観の相違をどう吸収するかなんだ。広く仲間として楽しくやっていくためには、自我を捨て、相手にも捨てさせ、全体の一部でもあり、自分の中に全体があるとも言える、陰陽・タオ思想にみんなが気づいてもらわなければと本気で思うんだ。 これは、ある種の挑戦です。恐れや恐怖と戦わない唯一の防御策です。 我々一人一人は、愚かでもあるし、神に近い部分もある。この世界はどこかを動かせばどこかに影響が出るシステムになっているから。上手に苦しみを装った?幸せの狭き門へ辿りつけるための道を作れればと思う。僕は、その道そのもの、になりたいな。それが幸せでもあり生きる目的でもあると。最近思うようになったんだ。自分自身のモチベーションはきっとそんなとこから来ている。そのためにあった50年の繋がりなのならそれはそれで良いと思った。 ややこしい話でごめん・
もうすぐ開催される東京モーターショー。(行きたいけど…)ショボすぎた前回と違い、しっかりと海外メーカーも出典し、国内のメーカーも震災のダメージを受けながらも、これからのモビリティの社会への提案がイッパイ出てくる模様です。クルマはハイブリットはもちろん電気自動車も実際走っているこの時代のつぎのリーダー争いが徐々に明確になってくるでしょう。ヒトは移動することでその存在と価値を拡めてきました。だから移動しないヒトは、厳密に言うとヒトではなくなるのかもしれません。
長い距離でも短い距離でも移動したい!と思わすことが大切なんだろうなと思います。 今回色々魅力的なデザインのクルマがでてきますが、僕が注目してるメーカーは>こちら! クルマよりバイクなんだよな。 よく考えると移動が一人の時社会のインフラにダメージを与えないのは圧倒的に2輪のほうだしね。 ![]() ![]() もう一つこれは電動アシスト自転車のコンセプトモデルPAS WITH 今までの電動アシスト自転車に比べてバツグンにかっこいい!モーター駆動を前輪にさせることで(今まではほとんど後輪)頃ほどスマートなデザインになるのか?目からウロコですよ。これ折りたたみらしいので、車のトランクから取り出してシャラッと乗れたらいいよね。 この二台が走る未来。考えただけで少し嬉しくなる
心ってどこにあるんだろうか?人間のここだよと指さしはできないけど。心(自我)の存在は疑いようのない事実だろう。人類がいつから存在しているのかも定かでないけど(聞くトコによると4万年前ぐらいから)その間多くの哲学者達があーだこーだと議論や、思索をしてきたんだね。僕達はその先人たちの膨大な考えを、その気があればいとも簡単に検索し読む事ができる。そのひとつひとつが人類の宝だと思うけど。残念ながらそんな難しいことは僕のアタマでは理解できへんのです。
『心の問題』で今ぼくが注目してるのは一点のみ・そう『心を動かす事』 たとえば無条件にかわいい。存在は、いろんな事柄を変えるでしょ。 ![]() (我が家の愛犬ジャックと山野さんとこの愛犬ハリー、彼らがかわいすぎるので予定してたことをやめちゃうぐらいのエネルギーはあるよね) 心を動かす。心って重いのかな?もし心に重量という概念が適応できるのなら物理学の力学が適応できるのかもしれないね。動かない心のヒトは重く、すぐ動くヒトは軽い?動かすには、その心より強い力で押すのか、それともテコの原理のように小さな力で効率的に動かすのか? 力には力で押すなんて僕には出来ません。ちょっとした事を上手に使い大きな心を動かすことをいつも考えています。僕は『プレゼン大学』というセミナーを主宰させていただき、そのテーマに「伝えることの素晴らしさを全ての人に体感してほしい」と謳っていますが。簡単に言うと誰かの心を動かすテクニックを学んでほしいいんです ![]() だからセミナーでは、何で心が動くのかを体験してもらうんです。 心が何で動くのか?その多くは、自分の感情の中にあります。抵抗出来ない感情、可愛いい。おかしい。色っぽい。そんな感情は、自分の固定された自我を破って思わず動いてしまいますよね。この時のセミナーでもイタズラというキーワードを色々散りばめて参加者の心を少しづつ緩くして、仕事で楽しいことをしてもいいんだという鍵を開けさせていただきました。自らが自らの意思で楽しむ。それがこのセミナーの狙いなんです。落語や漫才のように笑いが向こうからやってくるのではなく、内面から笑う、喜ぶ、楽しむ。そんな感情を開放した時、きっと心が動くのでしょう。 僕は、ここ何回かこのセミナーを行いながら一人ひとりが心が動くことを実感すれば、コミュニケーションがもっと豊かになるということを感じました。50歳の次のスタートは、こうやって多くの人の心をどんどん動かしていきたいなと思うのです。 心が動くおまけその1. セクシーさは、心を動かす大切な要素。このCMはフィアット500のアバルトというスポーティバージョンのクルマのCMだけど、個人的にものすご〜ク動きました(笑)素敵なセンス。 心が動くおまけその2. イタズラも心を動かすにはとても大切。これよう考えるよね。
その建築の美しさと空間そのものが哲学的だという鈴木大拙館にようやく行くことが出来ました。
![]() ![]() 設計者はニューヨーク近代美術館の増築工事や、東京国立博物館法隆寺宝物館等で有名な天才谷口吉生 さん。金沢市とのご縁も深く玉川図書館も彼の作品です。 建築のテーマは『床の間』だとか、この空間自体が決して広くはないのですが、内面的に無限の広がりがあるヒトの心のように物理的な広さとは別の『ひろさ』を感じさせるとても素晴らしい場所でした。 ![]() ![]() ![]() 僕は鈴木大拙さんという方をまったく知りませんでした。ZENの思想で有名だとか。その考えなどは置いといて、彼の心の中を覗いたような気がしました。普通我々は心については語りますが、それが行ったどういうものなのかは、個人によって持つイメージが違うでしょう。でも多くの日本人が持っている集合意識の原型が、この空間に近いのではないでしょうか?僕はこの場所に立ちながら 一言も声を発しなくともこんなにも豊かで穏やかな気持ちにさせる谷口建築のマジックにすっかり虜になりました。このような建物が金沢に出来たことを誇りに思います。 ![]() ![]() 何度も何度も訪れたくなります。聞くトコによると雨の日も水鏡の庭に細かな波紋がイッパイできてとてもきれいだとか。ひょっとしたら雪が降る時もいいかもしれませんね。散歩の楽しみがまた増えました。金沢は素敵なところだとあらためて思うのでありました。
今日は、ある企業から依頼があり『プレゼン大学』の授業をしてきました。その企業の最前線で働く30代〜40代の方々41名にむけてのセミナーです。そう初の企業内研修バージョン。プレゼン大学の基本は何も変えませんが、ちょっとだけカスタマイズ。最初は緊張なのか?それとも、忙しいのになんで出てこなくちゃいけないんだみたいな方もいたかもしれないんだけど、2時間30分の終わりごろは、大爆笑の連続(笑)とても楽しいせみなーになりました。よかったよかった。今回僕がこのセミナーで用意したキーワードはイタズラ?です。イタズラってほんとアタマが柔らかくないと上手くいかないでしょ。
ヒトを喜ばせる幸せなイタズラは、街の風景を変えるんですよ。なにも大掛かりな仕掛けは、必要ない ちょつとしたアイデアでその空間を楽しくさせるんです。 ことイタズラに関しては、やっぱりアメリカ人の右にかなう国民はいないんじゃないかな? いたずらする方もされる方もある種の理解とノリが必要だからね。 このイタズラ、今回のセミナーでも紹介したんだけど、バカうけ(笑)やっぱりすごいよ 国際宇宙ステーションから眺める夜の地球。特にオーロラが激しく、妖艶に揺れています。宇宙からこんな眺めをいつも見ていたら。きっと世界のみんなが、お互いに張り合っていることの愚かさを感じるだろう。24時間宇宙チャンネルを作って、国際宇宙ステーションからの地球の映像をただ流すだけの番組を作りたい。僕達の潜在意識の中に地球市民という概念をしっかり植えつけないと。次の世代になにも残せないのではないかと思う。僕達はインターネットで、世界を繋ぐ大きな耳と口を得たから、次は世界を繋ぐ大きな大きな目を持ちたいな。となんとなく思った。 ![]() 何気ない美しさがこの街にはあるんだ。この日は、お弁当の日だったのでランチタイムに会社を抜け出し河原でご飯です。秋の澄み切った青い空が川面に映りとても気持ちいい。別になんてことはないんだけど素敵な時間を過ごせました。こんな時間を忙しい時にこそ見つけて引っ張り出せる。そんなオトコになりたいと思ってます。 ![]() ![]()
倫理法人会の組織は、日本中いたるところにある。11月12日に行われた、全国会長、幹事長、普及拡大委員長、女性委員長会議には、日本中から各県の倫理法人会の要となる方々約250名が、静岡県熱海市に集結した。僕も今回幹事長となり初めてこのような会に参加したんだ。なぜ全国から、多くの経費をかけ役員たちを集めるのか?疑問に思う人もいると思うけど、自分たちのやり方が他で通用するのかを確認する上ではとても大切なのかもしれないなと思うのです。
![]() この会、確かに学ぶことは多かった。参考にしようとは思った。でも僕が一番ピンときたのは、そこで出会う仲間なんだ、倫理!と聞くと「マジメ、堅物、几帳面」などのキーワードがイメージで並ぶけど 確かにそんな方々もいます。(あたりまえか)でも中には、少数だけどチャラいメンバーも居るんだなこれが(笑) ![]() 僕は最近思う。マジメなふりをするのは、意外と簡単だし。安心できるかもしれない。でも出会いのチャンスは圧倒的にチャラい奴が有利だ、誰とでも握手をし、誰とでも友だちになる、そしてその相手のいいとこを貪欲に吸収するんだ(笑)チャラいの語源も意味もわからんけど、相手の懐にぐんと近づくにはこの手がいいなと最近思うんだ、というより他にできないんだけどね(笑)日本中の倫理法人会が今よりもっとチャラくなったらこれはこれで楽しいぞ〜
ある仕事でスタッフの方々にもし、どらえもんの『どこでもドア』があったら世界のどこに行って何したい?という質問をしたら、ある答えが、南米ボリビアの高地にあるウユニ塩湖に行きたいというのがあったんだ。こちらに素晴らしい写真がたくさんありました。ふと思い出して調べてみると。一言すごい場所だ。奇跡の場所といってもいい。神の芸術といっていいんじゃないか。
広大で真平らな平地。特に雨季の間だけこの湖に薄く水がたまり、世界最大の鏡となって空の世界を完全に映しだす。そうあまりにも映りこみが正確なので陸地と空の境界線が確認できなくなってしまうんだって。 このロケーションは、無印良品やユニクロのプロモーション写真とかにも使われているから見たことある人多いんじゃないかな。 こんな風景を見てしまうと。天国はこの世界にあるって思えてしまうから不思議だよ。 僕はものすごくここに惹かれる。行ってみたい。自分の身をここに置いたらどんな感じなんだろう? ものすごく妄想が膨らむよね(笑)今自分が直面している問題や悩みなんか一発で吹き飛んでしまうのかもしれないな。 日本からはものすごく離れた所ではあるけれど、同じ地球上だし、お金と時間の工面さえ付けば確実に行ってこの景色を見ることが出来るんだな。ムムム!自分の人生の句読点にこの景色を観るというミッションを付け加えようと・
2日前のそば打ち友人と、約束通り?ガレタッソ飲みに行ったんだ。別に大した話をするわけでもない。ただただにこやかに酒を飲み、笑い、語りそしてまた飲む。いつものように僕は、ガレタッソのカウンターの端っこに座り。(空いてたらてたらいつもここに座りたいんだ)バーボンとビールを飲み、ニキさんが出してくれる、ちょっとひねった、でも優しいおツマミをひとくち口にする。
3人で話しながら。あーだこうだと …ぽつりと平和だなと思う。 突然!昔の景色を思い出した。そう夏の終わりごろの「内灘の海」だ、 景色は、ぜ〜ンぶオレンジ色の光に染まり。白っぽいあたたかなオレンジの光の粒子が僕を包む そして優しい波の音が、繰り返し繰り返し。ざ〜ざぁ〜と足元に行ったりきたり。 いつまでもいつまでも眺めていたくなる。 周りを見渡せば仲間たちの笑い声、音楽、ビールの空き缶、ウインドのボード、ビーチサンダルの片っ方? 女の子は、いたっけな?記憶が曖昧…ひょっとして妄想か? いやいやちやんとそんな時間はあった。 その証人がとなりに飲んでるやつだ。 昨日別の会でも、夕日の波打ち際をイメージしてごらんと言われたな。 そのせいかな。年甲斐もなく、変なビジョンが目に流れる。 でもたまにはいいか。思い出すのも。 これは、TEEというミュージシャンのベィビーアイラブユーという曲だけど、ラジオからこの曲が流れてきて自分の妄想?といがいとマッチングしそうなので。…いい曲だよ ![]() この間偶然見たテレビでなかなか面白い話を聞いたんだ。 上の図形だけど、この図形には「キキ」と「ブーバ」という名前がついてるとする、 ではどちらの図形が「キキ」でどちらかが「ブーバ」だと思う? この問に100%の方が左が「ブーバ」で右が「キキ」と答えるんだってさ。老いも若きも、男女の差も言語の差もないんだ。人類のほとんどがこの2つの図形に名前をつけるとしたら同じなんだ。 これは、共感覚といって色や形などの視覚を感じる脳の部分と音や言語を感じる脳の部分が、何がしかのネットワークでつながっていて、音に色がついて感じられたり、文字から音が聞こえてきたりする感覚のことを言うらしい。詳しいことはリンク先のHPに書かれているからそちらを参考に。 僕はこんな仕事してるから五感をすべて視覚に統合しなければいけないので、訓練で共感覚を身につけてる感じがするけど、生まれてからこの共感覚が強い人はやはりいて、独特の色彩感覚や、音楽を作曲してるひとが多いらしい。よく考えたら各種の感覚を道路の車線のように区別して受け取れば確かに効率的かもしれないけど、視覚も音感も匂いも混じった状態で来る情報を結論を付けないように受け取れば、人間の可能性はもっと上がるのかもね。 僕が一番興味を持ったのは、人の名前のことで、共感覚の持ち主は、相手のパーソナリティと相手が持つ名前(苗字+名前)のバランスが、感じられて、この人にはこの名前のほうが良いと、認識してるんだということ このテレビのパーソナリティーは、爆笑問題の『太田さん』と『田中さん』なんだけど共感覚の持ち主に言わすと、太田さんのパーソナリティ(見かけも含む)に似合う苗字は田中さんで田中さんは太田さんに見えるんだってさ。(笑)なるほど、そうかもしれない。 そう考えると僕(田村隆)の漢字の組み合わせやカタチは僕のパーソナリティーとマッチングしてるんだろか?なんとなく田村と隆いう組み合わせにダイナミックなエネルギーをあんまり感じないんだな? ちなみに僕が一番かっこいいと思う名前は『三宅一生』(笑)横組で組むとこの名前が一番かっこいい。 じゃあね、音(タムラタカシ)はそのままで漢字だけ変えてみようか たとえば 隆に志という字をたして「田村隆志」とか、 見える化の視を足して『田村隆視」とかになると どうかな?なんか違うんじゃんてきがした もちろん意味とか画数とか関係なしだよ。 じゃ田村はどうだ? 「多村隆」「多夢羅隆」「田邨隆」う〜んなんか違和感が やっぱり「田村隆」がいいや。ちゃんちゃん。 ![]() 彼とはいくつの時からの付き合いだろうか?20歳の真ん中ぐらいだから25年?ぐらいか。きっかけは海。そのあと大酒飲み歩き、そしてたまに一緒に仕事したり、またまた飲んだり喋ったりの繰り返し。ウダウダとダラダラと 最近ちょっと僕自身が会う時間がなくて合ってなかった。だからと言って忘れていたり離れていたわけではない。 今日そんな彼から突然電話が、ちょうど午後の仕事が終わった絶妙のタイミングで (タイミングの良い電話ってそれだけでこちらの感じ方が違うよね) 「お前のために蕎麦を手打ちしたから、食べにこないか」だって くぅ〜ちきしょうなんてカッコいい誘い方するんだ。あんなにゃろう。(笑) きちんと整えられた自宅には、彼の美学がそこはかと、かと言ってカッコをつけているわけでなく でも強烈にかっこいい。それこそ嫉妬するぐらいにかっこいい。 生き方や価値観は全く違うけど、その行動には、一本筋が通っていていつもはっとさせられるんだ。 彼の家の縁側(そうです、縁側や庭には自家製野菜が)を眺めながら彼の手打ちの蕎麦をいただく、何で蕎麦なの?聞けば、たまたまホームセンターで見つけたそば打ちセットを買いためしに作ってみたら、すごく美味しかったらしい。ビギナーズラックだとかれはニヤリと笑う、そこからが試行錯誤の日々だったらいい(そう簡単なもんじゃない。こだわるからな) そんな時、 「今日朝早く起きなんとなく手打ちしたくなり、つくってみたら美味しい蕎麦が出来た。一人で食べても食べ切れないので、誰に食わそうかな〜と思いながらいたら、お前の顔が浮かんだ、て言うより打ちながらお前に食わそうと思った。だから電話したんだ」だと。 ちきしょう、それだけで食べる前からおいしいじゃねいか。俺が彼のうちに行くと手際よく蕎麦を茹でてくれて、そらよっと出してくれた。そんな蕎麦がまずいわけがない。 上品で、飾り気もなく、でもしっかり力強い。まるであいつのようだ。 蕎麦をすすりながら、最近のお互いの近況を話す。俺はとうの昔にリタイヤしたけど、彼は今でもサーフィンを続けていて、この間は大会で優勝したらしい。赤銅色の顔でにこりと笑う。 つい最近お互い50になった。変わったようで変わらない俺たち。共にリスペクトし合いながらもすごく違う歩みを行く。そしてたま〜に一瞬交わる。 その関係が、じつは俺の宝物なんだなと感じる。 人というのは不思議なものだ。特に友達という存在は、どのような距離感がいいのだろうか? 俺は彼との距離感がとても好きなんだ。彼といると自分もかっこいい男になったような錯覚がおきる。(離れるとそれは幻なんだと気がつくが) ガレタッソに一緒に飲みにくヤツが一人増えた。 ![]() 一見何のへんてつもない場所には、なんだろう?土地や海のパワーというものが溢れている気がした。 この地は、珍しく、若い人が多いらしい。お伺いした時間帯は凪で海の面も鏡面にようにフラットだったが、ここは、ただおとなしいだけでなく獲物を狙う獰猛な動物のようなくすぶったチカラがあった。 ここはスポイルされてないんだな。僕達は社会や法律、経済、倫理観のような数々の価値観を生み出したがそれは大きく社会を前進させる反面、新しい可能性を縛り付ける。 そろそろ気づかなければならない
ちょうど昨年の今頃、僕が所属させていただいている石川県倫理法人会という団体の広報委員としてウエブサイトの全面的なリニューアルと普及活動用のパンフレットを一から作り直すというプロジェクトを主導させてもらったことがありました。会員企業の中で参加者を募りテーマを与えてオープンコンペといって、提案企業全社が他の提案もすべて聞くことができるという仕組みです。
自分自身がよくコンペに参加しても、その決定のプロセスがあいまいで、なぜ?別の会社がこの案件を取得できたんだろうという疑問がいつもありました。もちろん最終決定のプロセスまでオープンにはできないかもしれないけどせめて、他の会社の提案を見てジブンのアイデアがどのポジションなのか?は知りたいな〜と思っていたので、 そのコンペを仕切る立場になった時には、迷いもなくオープンコンペにさせてもらいました。そんな経緯もあって出来上がったものは、自他ともに認める素晴らしい物になった自負はあるんだけど。日常的に使っているとそんなこと忘れちゃってるんだよね ところが1年経過してこのツールたちが県外の倫理法人会からすこぶる評価が高いという声が聞こえてきたんだ。ありがたいこってす。その評価の多くは、HPやパンフレットそのものも素晴らしいけどその他に「なぜこれが出来たのか?」という仕組みを知りたがっていたみたいなんです。なぜ出来たかは?もちろん予算がついたから(笑)なんだけどこれ笑い事ではないのですよ。どんなものかわからないものに(特に公共性の高い当会のような団体では)予算をつけて承認してもらうという行為は、何も無い状態に責任者である僕を信じてくれ〜というものですから、意外と大変なんだ。 先日は、ある単会の会長さん(ウエブ関係のお仕事をされているみたいでしたが)からお電話を頂き 『当会もウエブサイトをリニューアルの提案コンペがあって日本中の倫理法人会のサイトを見ましたが、石川県倫理法人会さんがダントツ!で優れていると思い、どうやって作られたのかを聞きたいと思って』みたいなお話を頂いたりまた別の県の広報委員長からお電話があり石川県倫理法人会のパンフレットを全部参考にさせてください〜みたいなお願いのお話があったりして、僕達の予想を超える日本中の倫理法人会の方々から、こんな事でも注目されているみたいです。 ほんと光栄なことだけど これは間違いなく関わってくれたスタッフの方々の情熱やスキルが高かったからだ。お金に変えられない価値を彼らが感じて、仕事に没頭してくれたからだ。そこんところがわかんないと、おんなじことは出来ませんと、お電話を頂いた方々には伝えさせていただいたんだ。問い合わせのあったどちらも石川県倫理法人会よりも大きな組織。人材や予算ももっともっとあるのかもしれない、けど予算や人材が潤沢だからといってイノベーションを起こすことは別だと思うんですよ。少なくとも熱い想いを持ったメンバーを集めることがあれば世の中をびっくりさせることができるとあん時僕は感じたな〜それとホントは内緒にしときたいんだけどね『優秀な副官を持つ』ということがどんだけプロジェクトを進めるのに大切か!ということも実感したな。あの時僕のサブを努めてくれた、彼通称ヒロがいなければ、失敗してたね、間違いなく。 もちろん評価は評価として受け止めながらも、その次を目指さなきゃならないわけで、今期は、その手法をもっと拡大しているのです。幹事長という重職?は大変であることは間違いないんだけど、そのかわりに動かせることも多いんです。会長の指示と支持を仰ぎながら実際のプロジェクトに落としていく。これは本業のデザインか?とたまに思うけど、人や組織をわかりやすく動きやすく再構成していくのって究極なデザインではないのかなとも思いながら頑張ります。きっと、いやいずれこの経験が役に立つ日がきっとくると信じて。 次に評価されるのは、多分もっと未来だろうけど…ね。 昨日たまたまwowouでみた13人の刺客、13人で200名に迎え撃つのも リーダーの揺ぎ無い想いしかないだろう。イーグルスのデスペラード(ならずもの)を聞くとなぜか涙がでる。
珍しいアルゼンチンの映画「幸せのパズル』50歳!を迎えた平凡な主婦が、あるきっかけでジブンの眠っていたパズルの才能に目覚めて、新しい世界の扉を開ける。そんな映画らしい。見たいけど、多分金沢では上映しないんんだろうな〜予告編みるだけでももなんかいいよね。遠い地球の裏側にも当たり前だけど50歳の誕生日を迎える人がいて、家族や子供や友人に囲まれた平凡だけど温かい毎日というのがあって、でも「このままでいいのかな?」みたいな考えがちょっぴりよぎったりもする。それはアルゼンチンだろうが、中国だろうが、世界中の男女がなんとなくだけど心に溜めている問題?なのかな。50年間生きていて、知らなかった、ジブンの才能を発見するって楽しいよな。よく考えたら、そういう新しい事始めるには、若い時より50歳ぐらいがちょうどいいのかもしれないな。まだまだ元気で、周りの友人や仲間も元気でいてくれて、少しくたびれては着たけれども身体も動くしお酒を飲みながら夜を語り明かすこともできる。絶対いイイじゃん。俺何しよう(笑)仕事して、倫理して、プレ大して、タップしてるのにまだ欲しいのか?
う〜んもし新しい世界へ通じる才能の扉が、僕に未だ有るのなら行っちゃうかも!ね
本日をもってようやく50歳の扉を開けました。0歳→10歳→20歳→30歳→40歳となんとなく10年を節目に考えてしまいがちだけど、やはり50年間、生かせてもらえたというのもは、少しだけ感慨深いものがあるな。今年は、50の節目を迎えるにあたって、50歳と言わず、ハーフセンチュリー(1世紀の半分)と言ってきました。50年は、人の人生の中では結構な長さだけど、まだ1世紀の半分、人類が生まれて2万年と言われているけどそれに比べりゃ何分の一?か計算もめんどくさくってできないくらいの時間、地球的規模で言えば、ほんの点にも満たない短い、短い時間。
でも、その中にものすごく内容が詰まっているのだ。親の内職を手伝っていた子供時代、僕の記憶には母親が仕上げた部品のパーツ(確か金庫のダイアルかな?)を一個ずつ新聞紙でそれこそ毎日何百個と包んでいた記憶や、友達と勉強するより、サボりとしゃべりに明け暮れていた高校時代、よく笑わされたな〜親元離れてコマーシャルカメラマンのもとでアシスタントしながら、身も心もボロボロな挫折を味わう青年?時代その後、親の会社であるタムラデザインに入り、突然バブルを経験し、金沢市内のお店の看板を色々作らせてもらい、毎晩飲みに出るのではなく、毎晩現場とデザインに明け暮れた、20代前半だったり、アメリカに友人と始めて旅行して、あてにしていたロス在住の知り合いが、空港に来なくて友人二人で途方に暮れながらアメリカの空を見上げたこともある、…そうやって書き上げたら思い出はそれこそ星の数ほどあるけれど、 思い出を一つの『点』としたらそれらをず〜と繋いだ線が、今なんだね。思い出に出てこない、何気ない毎日の日常もぜ〜ンぶ含めて50年どれがどうというわけじゃなくみんな、一つ一つの時間が僕に与えられたギフトであると思うのだ。 ここ最近になって思うのは、人生って、なんと沢山の人々と出会うのかってことだ。僕の仕事やいろんな役職もあるのかもしれないけど、本当に毎日多くの出会いがあり、その方々がそれぞれ大切な僕の宝物になってきている。それは、フェイスブックでその出会いや繋がりが『見える化』されるようになってからますます加速しているようだ。自分一人の思い出の『点』を繋ぐのが人生だと思っていたらそれだけじゃない多くの人々の『想い』も繋ぐのが人生なのかもしれないね。 そんなことを薄々感じつつも今日もなんだかんだと過ぎていくのだろう。今日の僕はあっという間に過去の僕になってしまうけど、そん時、そん時はそれこそ目一杯考えて行動してたわけで、失敗も成功も全部正しいのではないかと思うのよ。 だからね、過ぎていった過去のジブンに言いたいな、「お前のやってることは間違ってないぞ〜と」 そんな事をまた来年も、そのまた来年も言い続けたらどんなに素晴らしいのだろうか。 そうなりたいし、そうしていきます。 新たな決意と共にこの時間を共有してくれる多くの仲間にありがとうを添えて、僕の50歳はスタートしました。 ![]()
僕は、声こそは才能だと思っている。才能とは、努力だけでは、クリアできない遺伝的な違い、声は、骨格や声帯の違いはもちろん、ハートの部分も絡んでくるから、面白いね。単純にいい声ってどんな声って文章では表現できない。でもいい声の人の歌を聞いたらすぐに虜になるんだ。この女子高生シンガー『井手綾香』(いであやか)さんの声もそんな声だね。まったく知らなかったけど今日FMからこの歌が流れてきて一発でファンになった。聞いてみてパッションがありストレートで,ピュアでもある。でもそれだけではなく癖もあり、中年おじさんを立ち止まらせるパワーがあるんだ。今後どうなるかわかんないけど、注目です
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先日なくなった、ジョブスじゃないけど、「愚かでありたい」と思う。ようは、アホであり馬鹿でありみんなから指さされて笑われるってこと。所詮人間社会、誰かを悲しませたり怒らせたりするのは良くないけど、天然であれ、意識的であれそのゾーンに行こうと思うのだ。
かっこいい事の逆、 スマートなことの逆、 クールなことの逆を目指し 愚かだけど、反省する心を持ち 愚かだけど、人を愛する気持ちを持ち 愚かだけど。失敗を恐れない気概を持ち 愚かだけど、その愚かさを笑う事ができる。 そんな自分でいいんじゃないかと思うんだ。カッコいいものや、美しいものは大好きだけど、自分の内面は別に美しくも、綺麗でなくていい。愚かさを笑いながらも、決して折れない心を持つ。 そんな男に自分もなりたい。 酒を飲みながらそんなことを思った。 星野源 このカッコ悪さがかっこいい
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